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花コリ2023東京会場「ミニミニポッケの大きな庭で」幸洋子監督トーク録

無邪気なフリーハンドの描画とリズミカルか つダイナミックな展開で観客の目と耳を惹き つける、幸洋子監督の『ミニミニポッケの大 きな庭で』。数々の映画祭で上映・受賞を重ね、国際的に注目を集めています。幸監督をゲス トに迎え、プロデューサーとして同作品に参加した山村浩二監督との対話から、その個性的な作品世界を覗いていきました。

日時 2023年4月23日(日)14:35~
   アジア短編プログラム上映終了後、約40分
場所 アキバシアター
ゲスト 幸 洋子(『ミニミニポッケの大きな庭で』監督)
    山村浩二(アニメーション作家)

『ミニミニポッケの大きな庭で/In the Big Yard Inside the Teeny-Weeny Pocket』
2022 / 06:37 / Drawing / 日本 / 幸 洋子
縮んだはずが膨らんで、浮かんだときは沈んでる。
離れたつもりが繋がって、見てると思えば見られてる。
観察、記録、実験しながら日々を紡いだ、いとをかしアニメーション詩。 
映画祭監督メッセージ(英語)

ゲスト紹介

幸 洋子(『ミニミニポッケの大きな庭で』監督)
1987年、愛知県名古屋市生まれ、東京都在住。幼少期から絵を描くことやビデオカメラで遊ぶことが好きだったため、アニメーションに楽しさを見出し、日々感じたことをもとに、様々な画材や素材で作品を制作している。主な作品に、幼少期の曖昧で不思議な記憶をもとに制作した「黄色い気球とばんの先生」、横浜で出会ったおじさんとの一日を描いた「ズドラーストヴィチェ!」、現代美術家鴻池朋子原作の詩「風の語った昔話」をもとに制作した「夜になった雪のはなし」、ミュージシャン清水煩悩と共同制作したミュージックビデオ「シャラボンボン」、自身の絵日記からインスピレーションを受け制作した最新作「ミニミニポッケの大きな庭で」は第75回ロカルノ映画祭にてプレミア上映される。

監督サイト

山村浩二(アニメーション作家)
1964年生まれ。1987年東京造形大学卒業。 1990年代は子供向け作品を制作。「頭山」(2002年) が第75回アカデミー賞にノミネート、アヌシー、ザグレプ他6つのグランプリを受賞、「今世紀100年の100作品」の1本に選出される。「カフカ 田舎医者」(2007年) がオタワ他7つのグランプリを受賞、世界4大アニメーション映画祭すべてでグランプリを受賞した唯一の監督。2021年、過去25年間の優れた世界の短編監督25人のトップ2に選出。長編「幾多の北」(2021年)がアヌシー・コントルシャン・クリスタル賞とオタワでグランプリを受賞。川喜多賞、芸術選奨文部科学大臣賞受賞、紫綬褒章受章。映画芸術科学アカデミー会員(米)、ASIFA日本支部理事、日本アニメーション協会副会長。東京藝術大学大学院映像研究科教授。
作家サイト

幸洋子(以下 幸):
『ミニミニポッケの大きな庭で』の監督の幸と申します。

山村浩二(以下 山村):
同じく『ミニミニポッケの大きな庭で』の監修とプロデューサーの山村浩二です。今日は幸さんのお話を主に伺うためにMC山村として来ています。
花コリがインディ・アニフェストという韓国の映画祭の日本凱旋上映的なフェスですが、短編アニメーションは元々上映機会が少ないので、『ミニミニポッケの大きな庭で』は、いろんな映画祭にたくさん応募して、そしてどこかには出会いがあるよね。たくさん出し過ぎ問題もありましたが…

幸:
出会いは、ありますね。出しすぎるとお金がかかりすぎるので、確定申告のお金を計算してる時に、こんなに使ったんだとショックを受けました。
この作品が最初に上映されたのがスイスのロカルノ映画祭で、その次に広島アニメーションシーズン、その次がソウル・インディ・アニフェストでした。

山村:
ソウル・インディ・アニフェストにも参加したんですよね。

幸:
はい。韓国には、以前SICAFという映画祭で行ったことはあったんですが、韓国自体がすごい久しぶりでした。インディ・アニフェストは初めてで。ユジンさんがやっているというのは知っていて。日本にユジンさんが毎年いらしてて、その際にいただいた映画祭のパンフレットやグッズがすごい可愛くて、いつか行ってみたいなと思っていたので、ちょうどコロナも落ち着いてきたので、やっと行けたという感じで、1週間くらいソウルに滞在して映画祭に参加しました。めちゃ楽しかったです。

山村:
僕は、昨年も同じくプロデュース作品で矢野ほなみ監督の『骨嚙み』がインディ・アニフェストで上映されて、花コリでもアジア短編プログラムで上映されたんですが、その時はコロナ真っ最中だったので、オンラインで、矢野監督と2人でトークショーに出演しました。オンラインでトークショー的なことをやるのはなかなか難しくて。少しやり辛かったです。
まずは、なぜ作品をプロデュースすることを始めたのかを簡単に紹介して、もう少し具体的に『ミニミニ~』についてお話ししたいと思います。
プロデュースをやるぞ!という意気込みがあって始めたわけではなく…。たまに売り込みが来るんですが、プロデュース制作会社としてやってるわけではないので…。僕としても個人でヤマムラアニメーションとしてコンスタントにやっている中で、東京藝術大学でも教鞭をとるようになって、気づけば、早16期生が入ってきているような歴史の中で、幸さんは6期生です。同じく修了生の矢野さんには卒業後、いろいろ動画を手伝ってもらったり、Au Praxinoscope で作品を制作したり。ヤマムラアニメーション制作だと僕の色が付き過ぎるのもあって、Au Praxinoscopeという、短編や色々なアニメーションのDVDや書籍、グッズを紹介していくギャラリーとショップを始めていたので、そこのスタジオ機能ということで、その時にお店を手伝ってもらっていた矢野さんが進行中の企画を、それを何か手伝おうかという形で、自然とプロデュースをする流れになり、次に幸さんに声をかけて、やってみますか?と話をした感じです。

幸:
そうですね、唐突でしたね。たまたま大学院の同期の子とAu Praxinoscopeに遊びに行って、そこでお茶しているときに、山村さんのパートナーの早苗さんから、「幸さん、最近作品作ってる?」って聞かれて、「作りたいのは、いくつかあるんですけど」と話していて、山村さんがプロデュースに興味があって、今、矢野さんの作品をやっているんだけど、次にもう一人やれるかなみたいな話になった時に「幸さんならいいかもしれない」ということを山村さんが言っていた、ということを早苗さんが言っていて、すごい嬉しかったです。
大学院にいた時は、作っている最中に周りの友達に相談したり、進捗を皆で話し合ったりする時間があってすごい良かったんですが、卒業してから、作家友達と仕事の話はするんですが、自主制作の話はあまりしなくなっていったなぁと思っていて。定期的に作品の相談をできる、というのがすごい嬉しかったので、ぜひ、と。
それから数か月後、コロナ禍の夏ぐらいから一度企画を持って行ったんですが、最初に持って行った企画がいまいちで(笑)。何個か持って行きましたね。

山村:
そうですね。話しながら見つかっていったという感じですかね。

幸:
そうですね。

山村:
最初、最終形は見えてなかったんですよね。

幸:
そうですね、ぜんぜん見えてなくて、『ミニミニ~』を始めた時も、最終形は見えないままずっとやっていました。

山村:
僕の役割としては、方向づけというか、まずAu Praxinoscopeという場があるというところでプロデュースをしていて、大した予算が組めるわけではないので、こちらとしてもお店を手伝ってもらいながら、制作をしてもらうというような条件で。レジ打ちできるかが、まず条件で、というのは冗談ですが(笑)。

幸:
未だに間違えてるんですが(笑)。昨日も700円を2つ打とうとして70万になってたり(笑)。

山村:
幸さんの後の清算はいつも大変…(笑)。
ある種の交流の場としていてくれるというキャラクターというか人格としても、幸さんは適任だと思ったし、本人もそういうことをやっても大丈夫だという、そういう条件で。
藝大で教えてる学生の中で、優秀な学生は沢山います。幸さんも矢野さんも優秀だったんですが、僕の中ではもっとポテンシャルがあるな、と感じつつ、大学院の2年間で2人ともやり切れてなかったという思いがあって…。もちろんそういう学生はたくさんいるんですが。プロデュースとしてある程度の確実性のある学生というよりは、一緒にやって可能性が引き出せるというところでの方向づけができる、という立ち位置として、プロデュースということをやっているというのがまず大前提で、それで生まれたのがこの『ミニミニポッケの大きな庭で』ですね。

幸:
今もよくわかってないんですが、大学院の時はアニメーションの作り方というか…、もっと雑な作り方をしていて。最初に話を決めて、それにどんどん絵をのっけていくというやり方をしていて、とにかく埋めていく作業という感じでやっていて、制作自体は楽しいんですが、埋めていって終わりみたいな感じで、あまり作品とも対話がないまま、けっこう進めていました。今回は作品と、最後まで対話しながら進めていきました。

山村:
かなり向き合いながら進めたよね。

幸:
自分の中では一番向き合えた作品だと思っていて。今までも何作かショートアニメーションや、アニメーションだけではなく実写のショートフィルムを作ってきたんですが。作品自体は、一番突拍子もない感じに見えるかもしれないんですが、実は一番冷静に向き合いながら作った作品でもあるんですよ。

山村:
その場任せの感覚とか、勢いだけではなく、ちゃんと丁寧に考えていったということですね。

幸:
そうですね、意外と。

山村:
僕の役割としても少しずつ、そういう風に客観的に本人に気づいてもらう役目を、毎週お店がある時に、少し進捗の話をするということで、役立ってくれれば良かったな、というところと、たぶんアニメーションとしてガッツリ作画できたというところですかね?

幸:
はい、そうですね。それもありますね。
今までは切り紙や色々な技法を使っていて。今も使ってはいるんですが、この作品は、紙に作画するアニメーションに集中して、やったという感じです。

山村:
幸さんが、気が散りやすいのは知っていたので(笑)、良さの一つに、絵に魅力があるんだけれど、それだけに大学時代もなかなか集中していない感じがしたので。あと特性としてもう一つ面白いことが日記をつけていたり、言葉もけっこう書いているというのも他の学生ともちょっと違ってたんですが。
絵の魅力の部分を引き出せたらいいな、というところで、小さい紙に描いたらいいんじゃないかと、これをフリップブックで描くという技法に最終的に行きついたんですが、実はこれは藝大のフリップブックなんですが。

幸:
受験で余っている…、大量にある…。

山村:
余っているというか、受験とか、お土産用にしてたりしてたんですが、まだあります(笑)。

幸:
受験ではもう使ってないんですか?

山村:
このフリップブックの問題をいつも受験で出すわけではなくて、2回ぐらいやったかな?それでも受験数せいぜい7,80人なので、そんなに減るわけじゃないですよね。今年もゼミの学生にあげたら、喜んでいっぱい持っていきましたけれど(笑)。

幸:
楽しいですよね。昨日もお店に、この白いフリップブック売ってないですか?って人が現れて、売った方がいいんじゃないかと(笑)。

山村:
藝大の予算で買ったので、売ることはできないんですが、藝大のお土産としては差し上げられる物ではあるんですが。
ある程度、何かの制約があるというのがいいのかなというのは、後で振り返ってみると、別にこの時、意図的にそう思っていたわけではなくて、ちょっと小さい絵に描けば幸さんの絵のタッチの面白さが出るかな~くらいで助言をしたんですが。
制約を作ることで、これに集中できたというのがあるのかなという気がしましたが、どうでしょう?

幸:
そうですね。絵に向き合う、というか、アニメーションに向き合うというのは、このフリップブックに描いたおかげで、けっこう向き合えたなと思いました。いつもは紙に描いたりするんですが、ライトボックスを使ったりして下から透かせて透過光で何枚か紙を置いて、なぞっていって、中割といって、その間の絵を埋めたりしていて。最終的な動きの目標みたいなのがあって、それに向けて描いていくということが多いのですが、そうじゃない場合もありますが。このフリップブックは前の絵しか見えないので…。

山村:
一コマずつ、ストップモーションじゃないですが。

幸:
中割もできないし、1枚前のしか見えないし、先も見えないし、とにかくその前の絵に集中して、その次の動きを描くみたいな感じでやっていて、しかも一枚の紙なので、キャラクターみたいなものと背景みたいなものも一緒に描いているから、あまり動きを描くと疲れるから、トメたいんだけど、逆にトメるのが疲れるみたいな…。同じ絵を何枚もなぞっていくのが、苦痛で

山村:
必然的に動かされてしまう。動かしてしまう。

幸:
動かされてしまうし、バラバラにしたくなる。形を描くのが面倒くさくなって、ちょっとフワ~ってなるシーンがけっこう多いんですが。

山村:
だんだん崩したくなってきちゃう。

幸:
たぶん、なっちゃったんですよね。
面白いと思ったのが、アニメーションの時間間隔みたいなものが、フリップブックの厚み、5ミリの厚みで、これぐらいの展開かぁ、みたいな、初めての感覚になっていきました。
フリップブックって皆がやっていて、私も昔教科書とかに描いてたし、皆、落書きでやったりしたことがあるようなものなんだけれど、アニメーションを作り始めて、アニメーションを作りやすいやり方でやり始めていたので、その感覚を忘れていたなと。

山村:
より原始的なアニメーションの作り方であるし、要するに、常に一つのフレーム、画面全体に向き合うので、変に構成したりとか、背景とか分けて考えたりという考え方もしなくなるし、あと、デジタルが普及して、皆アニメーションを気軽に作れるようになったんですが、プレビューできちゃうんですよね。これは今の世代全体に弊害だなと思います。僕はフィルムの時代からやっていたので、なかなかプレビューできないわけですよ。フィルムの現像が上がるまで動きが見えないので、そこの中での時間間隔をどう培うかというと、幸さんが厚みのことを言っていて思ったんですが、紙の枚数や、紙をどれくらいの束でやれば、だいたいどれくらいの時間感覚か、とか、要するに何枚描けば、だいたいどういう動きやタイミングが出るかという物質的なところで、時間を自分の体の中に取り入れていった訳ですね、だからプレビューしなくても、だいたいよめる、最終的には。

幸:
そうですね、なんとなく、の感覚で。

山村:
それはアニメータとしてのある種の身体的な能力が上がったのかなという気がするんですが。

幸:
能力が上がったかどうかは分からないけれど(笑)、新たな感覚だな、というのはありました。あとパラパラめくると自分のスピードでめくれるし、私もデジタルで描くこともあるんですが、デジタルでピッと再生すると常に一定のスピードで再生されて、下手したら、描いてる時間より再生している時間の方が長い気がするんですよね。つい見ちゃうんですよね。確認しちゃって。それも無駄な時間かもと思ったりもしました。

山村:
そうですね。結局、今はデジタルだけど、紙で作っている時代って、頭と物質との中でアニメーションってほぼできてたわけで、あとメディアに映すという作業があったわけですけども、今は直接メディアに関わっちゃうので、そちらにコントロールされちゃうというか、抵抗できなくなっちゃう部分があるので、これは常々気になってるんですが、なかなかそこは解消できない大きな時代の問題ではあるんです。
別にこれが正解というわけではないけれど、どこかで絵と向き合う感覚という、いろんな可能性を広げておかないといけないと、やはりデジタルで一つの似たような傾向になっちゃうんですかね。

幸:
分かりますよね。デジタルで下書きをしてそれをプリントして、それからアナログで描いて彩色とかして取り込んだとしても、なんとなく、これはたぶん下書きをデジタルで描いたんだなというのが、なぜか分かる。これTVペイントっぽいな、とか。たぶんソフトによっても分かるような気がします。

山村:
アプリの特性がどうしても出ますよね。もちろん、かなり工夫してる人のなら気づかないのもあるんですが、結局、余計な工夫をいっぱいしないと離れられないというのはあるんですが、この作品では、かなりダイレクトな形で、自分の感覚と出来上がった物がつながる、という気は、横で見ていて、していました。

幸:
ただ、このフリップブックに描くと、常に動いているので、けっこう見づらいみたいな、何が起こっているのか1回では把握しづらいみたいな感じもあるし、常に色も形も動いているから、一瞬でけっこう終わっちゃうみたいなのがあって、画面を分けてみたり…。画面を分けるというか…。

山村:
これは、やや横長なので、シネマスコープを初めてやってみたら?という話をしていて、でもちょっとシネマスコープの比率に足りないので、ここで例を出しているように。

幸:
コマというか、横にもう一つ画面を増やしてみたんです。その最初の理由は、ただ横のサイズがシネマスコープのサイズに足りていなかったからというだけだったんですが、ここは何が起こっているか1回では分かりづらいから、こっちでも同じことを、同じことといっても同じ絵じゃないんですが、そこのできごとの別の側面を見せるみたいな。
ここの1番で黄色い頭の人が飛んで行っちゃうんですが、飛んでっちゃったやつが2番で違う山のてっぺんから落ちてくるアニメーション。

山村:
でも返ってわかりにくくなっちゃったよね(笑)。

幸:
そうですね、いろんな人に返って分かりにくいって言われました(笑)。

山村:
それは当然、より情報が複雑に増えるので。僕としては、それはすごくいいなと思うんですよね。

幸:
どこ見てもらってもいいです、という。

山村:
それは最終的に幸さんの魅力がより増してると思うし、元々、これを創作する時に特にコンセプトについてはお互い全然しないし、最終的に今、僕も分析して見直すと、幸さんの過去作品を何作か振り返りながら思うのは、今日ちょうどバイセクシャルな話(アジア短編プログラムで上映「バイ・ザ・ウェイ」)もありましたが、いろんな視点をもたないと世の中なかなか理解できない、どうしても偏った一つの常識的な見方だけに囚われるというところを幸さんはその辺をすごく自由に、あまりそういうことを元々意識しないでいれる、多面的に見る形、それが『ミニミニポッケ~』のいろんな言葉とか、マルチ画面もそうですが、それが図らずしも、出てきたんです。でも当然、マルチ画面で横が足りないから何を入れるかって考えた時に、単純に横の風景を伸ばすっていう監督の判断もあったかもしれないけど、それは幸さんの発想としては、違う視点を入れたいっていうところで、藝大の1年生の時も、『黄色い気球とばんの先生』という記憶がそれぞれ視点が違ってたというのをテーマにしてたりとか、人それぞれが見ている世界がちょっとずつ違うんだということがテーマであり、ポテンシャルであり、コンセプトのベースにはあるのかなという気がします。

幸:
そうかもしれないです。
『黄色い気球とばんの先生』という作品は、私が黄色い気球を幼い時にみて、それにばんの先生が乗って飛んでちゃったという実際の記憶があって、それをアニメーションにしたものなんですが、それは自分の中の記憶にあったものなんですが、私の友達はちょっと違った記憶として、記憶していて、「黄色い気球は来たけれど、ばんの先生は別に乗ってなかった」という人がいたり、「黄色いパラグライダーは来た、でも気球は来てない」という人がいたりとかして、同じできごとを見てるはずなんだけれど、小学校1年生の時の出来事なので、皆あいまいな記憶になっていて、皆、見方が違っていて、見てる場所もけっこう違うんですよね。実際のいる場所とかも違うし、それはすごく面白いなって思ってて。黄色い気球は、実は皆が見てるかもしれない、違う形で、実は黄色い気球じゃないかもしれないんですけど、私は黄色い気球と認識したけれど、いろんな世界で、いろんな人が見てる何かかもしれないっていうテーマ、ずっとその時から黄色い気球のことが頭にあって、実はここに黄色い気球が出てくるんですけど(笑)。

山村:
それを僕、今、初めて知った(笑)。

幸:
実は、それから後の全ての作品に黄色い気球を入れてるんです(笑)。
そういう遊びを実はしてて。この世界にも黄色い気球はあった、と、そういう遊びを入れて楽しんでいます。

山村:
横長の画面の展開をだんだん…。

幸:
最初1枚描いて。

山村:
1枚のフリップブックをバラして。

幸:
それを糊で貼って付け足しているんですけど。でもこの1シーンだけでもよくわからなかったので、もう1個増やしてみるかという話になって。
これは黄色い子がアップになっている状態で描いている。
この4番目は一瞬なんですが、また違う惑星みたいなところにいる人たちのところに、黄色いのが本当に一瞬3コマくらい出てくる(笑)。

山村:
それはもう、ほぼ作者にしか分からない(笑)。

幸:
なので、半分遊びのような感じでやってます。

山村:
できあがったものを見ても、僕も、いわゆる一般的な意味性というか、ここで何が起こってるというのは、ほぼ全部はキャッチしきれなくて、当然多くの観客はほとんどの人はそうだと思うんですよね。でも、アニメーションを楽しむのはそういうとこではないと思うので、この絵やビジュアルと音を楽しめればそれでアニメーションとしては十分という気はしているので、そこは全然気にならないですけどね。そういう部分でいうと。
それで、もうちょっと展開を考えて。

幸:
そうですね、展開を考えていってアニメーションがいくつかできて、それを映像ソフトのタイムラインに並べていったんですが、絵だけでいいのか?という話になって、最初は絵日記から抜粋しているので、言葉も入れてみる、それは文字にするのか、音にするのか、最初は全然考えてなかったんですが、最初は絵日記の文章をそのまま載せたりしてたんですが、絵日記からはこのアニメーションは、かけ離れていって、1枚目は絵日記に近いけど、どんどん違うものになっていったので、

山村:
明らかにこのカットを見てもいろんな妄想が入ってますよね(笑)。

幸:
こんな絵日記ないだろう、みたいな感じなんで、それを最初に考えた文章を載せるのはおかしいと思ったんです。それは作品と向き合えてないというか。なので新たに文章を創作しようとなったんです。
1番のこのアニメーションをみて、私が思った、これを描いた後に思うこともあるし、描きながら思うこともあるんですけど、これは「屋根の上のパーティーは宴もたけなわになっているなぁ…」と私は思ったんですね、それで文章を作ったんですが、最初は普通に主語述語がある文章で書いたんですが、何か辛気臭い、このアニメーションに合わないな、何か違うなってなって、この文章の形態も、言葉ももっとお茶目な感じというか、遊んだ方がこのアニメーションには合うかなって思って、それでできた文章というか詩が、「屋根のパーティ たけなわひゃっほう」という言葉を入れることにしました。

山村:
全体的に言えるのはオノマトペというか、言葉のリズムとか音の面白さの方に、今の話を聞くとベースはここの状況説明のような内容で、いわゆる詩というよりは、これにメタファーをかけているというのではなくて、より言葉から音の方に寄って行ってるのが多いのかなという気はします。

幸:
そう思います。わりと状況を説明してるものもあるんですが、全然意味のない言葉もあったり、意味のある言葉だけど意味のない言葉として使ってるものもあるので、見た人によっては、「あれってどういう意味なんですか?」「あの単語って」と聞かれたり。

山村:
僕も、英語字幕を作るときに初めていろいろ深く話をして、あ、そういう意味だったの?っていうことがいっぱいあったんですけど、英語だとある程度意味づけをしないといけないので、ちょっと英語は、やや説明的にしたんですね。最初、幸さんが英語を作ってくれたんですが、造語英語はいくらなんでもこれは通じないなと思って。

幸:
まず英語が苦手なので、辞書で単語とか調べますよね、その調べた単語が普段使うような言葉なのか、そうではない、全然使わないような単語なのかすら、分からなかったので、分かりにくいわってなったんですよね。

山村:
言葉も絵もどちらかというと意味から少しずつ離れてったというところですね。

幸:
これは最初の絵日記で、ミニミニポッケのアイディアの元になったものです。
2019年にアーティストインレジデンスでデンマークに行った時から、絵日記をインスタグラムにあげ始めました。

山村:
その時のエピソードがいくつか入ってますよね。

幸:
その時のエピソードも入っていて、このキノコもそうで、今日着てるワンピースもデンマークで買ったものですが…。最初、描き始めたのは、ぜったい面白いことが起こるから、覚えておきたいって思ったのと、日本と離れているので、日本にいる友達にこんなことあったよ、と、お便りするような気持ちで、インスタグラムに絵日記を載せ始めたんですね。今もそれは続けているんですが、今はどちらかというと作品発表のリハビリ的な。だんだんやってると、すごいラフなんですが絵と文章をまとめるのはけっこう作品のネタにするというよりかは、普段感じたことをポッと書き留めておいて、それを人に見せるというのは、私は作品発表はけっこう緊張するというか、恥ずかしいという気持ちになるんですが、そのハードルを下げるために絵日記という一番恥ずかしいものをSNSにあげてるっていう感じです。あと、自分で後から読み返すと普通に面白い。

幸:
これがパラパラ漫画をバラして、貼ってるんですね。

山村:
けっこう後からも色を足したり。

幸:
そうですね、撮影しながら色を足したりもするし。

山村:
基本的にはカメラで撮影していますね。

幸:
そうです。色がカメラの方がいいので。
藝大院のパラパラ漫画のサイズに飽きちゃったこともあって、もっと細長い短冊みたいなやつに貼って、上から更に重ねて。これは縦に描いたパラパラ漫画を縦に貼り付けて、その横に足したとか、いろんなやり方を飽きないように試していました。

山村:
パターンが広がっていきましたね。

幸:
これは今までのプロセスをもうちょっと細かくしたもので、いくつか絵日記から抜粋といっても、1日だけの気持ちなんてないですよね。日々は、つながっているので。一週間前に起こったできごとが今日にもつながっているし。おそらくなんですが、見返してて、色々なつながりがあるなって思ったんです。一番は、このカットがベースになってて、曼荼羅の中心から抜け出せなくなった夢を見た、みたいな。

山村:
夢日記もいっぱいつけてますよね。

幸:
そうです。日記も、わりと自由で、夢日記だったり、絵日記だったりって感じなんですけど、最近見返してた時に見つけたのが、この左上のやつで、アイヌの音楽を友人と聴きに行ったときに、アイヌ民族の衣装の文様についての説明をされて、あ、そういう意味があったんだ!みたいな、不確かなことを言うと良くないんですが、私の記憶では、このくるくるの文様が、なぜくるくるしてるかというと、魔物がこの中に入って迷うみたいな意味合いがあるみたいで、それが面白かった、という絵日記を描いていて、曼荼羅の夢と何かつながっている気もして。
このアニメーションのカラーの絵を描いていたのは、長野県でアーティストインレジデンスで一週間ぐらい滞在しているときで、長野の善光寺というところで、ちょうど砂曼荼羅をみてて、これも影響しているなと。作りながら、日々の生活も影響していると思います。

『ミニミニポッケの大きな庭で』幸 洋子

山村:
時間になってしまったんですが、大きな創作の方向性は話せたかなと思います。この後、いろいろ音をどうするかとか、音楽担当のhonninmanの強力な音の世界とぶつかっていて、ナレーションから始まって、音楽をお願いしたのですが、最終的にhonninmanの音によって、より幸さんの不思議な詩というか世界が抽象化されていったと思います。

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