アニメーションからウェブトゥーン、OTTドラマまでさまざまなコンテンツを制作し、多方面で活動しているイ・ヨンソク監督に、今回上映するコミックスリラー『秘密のパートナー、マイケル』の制作秘話から、同作を原作としたOTTドラマ化についての経緯等、熱く語っていただきました。
日時 5月20日(土)13:55~、21日(土)12:30~
韓国長編プログラム上映終了後、約40分
ゲスト イ・ヨンソク(『秘密のパートナー、マイケル』監督)
司会 林 緑子
『秘密のパートナー、マイケル
마이클/Introducing Our New Business Partner, Michael』
2022 / 43:04 / 2D, Digital Drawing
「俺も社長をやる!!」腹立ちまぎれにハンバーガーショップを立ち上げた、3人の仲間たち。店の工事中、壁から謎の白骨死体と3億ウォンの現金が入ったカバンが見つかった。彼らは、“投資金”の名分でその金を使うのだが……。そして、謎の骸骨に「マイケル」と名付けて「4人目の仲間」として迎え入れる。
ゲスト紹介
イ・ヨンソク(『秘密のパートナー、マイケル』監督)
1978年ソウル生まれ。 シカゴ美術大学(School of the Art Institute of Chicago)ビジュアルコミュニケーション学科およびメリーランド美術大学(Maryland Institute College of Art)グラフィックデザイン修士卒業。 コンテンツ制作会社ADHESIVE代表取締役。アートディレクターとして広告、建築分野などとのデザインプロジェクトにより、世界3大デザイン・広告アワードを受賞。 コンテンツ企画開発においても、ウェブトゥーン、アニメーション、OTTドラマなどをリリースしている。現在、中編アニメーション作品『秘密のパートナー、マイケル』を原作とするOTTドラマの放映を控えており、『財閥家の末息子』の投資・制作会社WYSIWIG STUDIOと映像化権契約を結び、『ファインディング・ミセス・キム』という作品のウェブトゥーンおよびドラマ初期企画を制作中。
■ウェブトゥーン:『LAB MICE GAME』(カカオページ)、『アトリエ』(NCソフトバフトゥーン)、『時間が止まったタクシー』(NCソフトバフトゥーン)
■OTTアニメ:『THIRD EYE』(中国iQiyi愛奇芸)、『今日も滑るように』(中国4コマ漫画)
■ADHESIVE You Tubeチャンネル
林 緑子
自主上映会「ANIMATION TAPES」の企画運営を経てシアターカフェを江尻真奈美と共に運営している。日本映像学会会員。名古屋大学人文学研究科博士課程前期課程。
(このトークは、5月21日と22日に1回ずつ計2回行われました。本文では2日間の内容をまとめて再構成しています)
林:
イ・ヨンソク監督のプロフィールを紹介いたします。1978年ソウル生まれ、シカゴ美術大学とメリーランド美術大学で学ばれた後、主にCMや広告のアートディレクターや、デザインなどの制作をされてきました。近年は、OTT、On The Topと呼ばれているサブスクリプション、動画配信サイトの分野で、ストーリーIPを中心にドラマやアニメーション、ウェブトゥーンなどの制作を手掛け、プロダクション「ADHESIVE(アドヒシブ)」の代表取締役を務めておられます。
イ:
こんにちは、イ・ヨンソクと申します。ご紹介をこんなに詳細にしていただけると思いませんでした(笑い)。ご来場いただき、本当にありがとうございます。今ご説明をいただきましたように、私はコンテンツを作る人間で、アニメーション、実写ドラマの制作、演出を手がけています。
(22日には、一緒に来日した演出チームのスタッフも客席におり、監督が紹介した)
林:
まず、みなさんはお気づきになりましたか? 『マイケル』は、言語が韓国語でも英語でもなく、中国語でしたね。なぜ中国語なのか、私も不思議でした。
ちょっとご説明しますと、韓国はコンテンツ産業への政策がとても充実していて、人材育成や資金提供、法整備が手厚いことで有名です。また、コロナ禍やデジタル環境の変化、コンテンツがオンライン配信などへと移行していくなど、映像の流通が変化していますよね。韓国はK-POPなども有名です。そして、制作する作品や文化商品の傾向が、日本とは異なっている部分もあると思います。世界に対して発信していけるようなものを作る傾向がかなり強く、それが近年成功して、売り上げや人気が上がっているといえます。そうしたことも含めて、この作品がなぜ中国語で作られたのかを、お伺いしたいと思います。
イ:
一番たくさんいただく質問です。『マイケル』を作るとき最初に考えたのが、海外の映画祭に、まず英語で作って出品したいということでした。 今ご覧いただいたのは約45分の長さで、これくらいの尺でまず作って、それをさまざまな言語にして、海外の映画祭に出品してみようと制作を始めました。そこで目指したのが中国の映画祭で、次にヨーロッパ、アメリカ、日本も、もちろん念頭にありました。順番にいろいろな言語で作っていくつもりで、最初に完成したのが中国語版でした。ただ、中国語で作ったのに、中国から支援を受けられなかったんです。タイミングが合わなくて。中国の映画祭に出品するつもりだったのですが、実はそれも叶いませんでした。
ところが、韓国でプロジェクトが急に動き出したんです。原作のIPであるアニメーションから、ミニドラマのシリーズを作ってもらえないかと提案がありました。ネットで配信する、1話20分くらいの連続ショートドラマです。そこで、アニメーションを他の言語にするよりも前に、実写版を作ることになりました。
今日は会場のみなさんへのちょっとしたプレゼントとして、ドラマの冒頭の一部分とミュージックビデオ的に構成したハイライトのイメージ映像を、ご覧いただきたいと思います。韓国のオンライン・プラットフォームで6月から配信されることが決まっていますが、1ヶ月ほど早くお見せします。主人公の3人組や女性キャラクターたちを、どんな俳優がどう演じているのか、比較して楽しんでいただけると思います。
林:
今から実写ドラマ版の予告編をご覧いただきます。大体2分ほどです。
(映像の上映)
林:
この『マイケル』のようにストーリーIPとして展開するコンテンツが最近増えていますね。韓国では、ストーリーIPはどういう位置付けにあるのでしょうか。
イ:
最近はワンソース・マルチユースといって、漫画を原作としてアニメーションになったり、 アニメーションの原作からドラマになったり映画になったりするなど、ジャンルの壁がなくなり、クロスオーバーなコンテンツの展開が多いです。
『マイケル』は約2年半前、ほぼ3年前から取り掛かってきたアニメーション作品ですが、先にドラマを作ることになり、今製作中のシーズン2が続けて配信されることになっています。ドラマの演出も私がやっています。実は早くアニメーションの韓国語版を作りたくて、45分の尺をもっと長くして60分強くらいの作品に仕上げ直したいと思っているんですが、なかなか取りかかれない状態です。今回は中国語版で上映しましたが、日本語版もいつかお見せできると思います。
林:
日本語版が見られる日が、とても楽しみです。日本の場合は、メディアミックスというか、キャラクターが中心にあって、漫画やアニメや小説やゲームなどいろいろなメディアへと展開されるケースが、よく知られていると思います。
イ:
ワンソース・マルチユースは、日本で特に盛んな産業ではないでしょうか。原作を深夜ドラマや劇場用アニメーション、実写映画へとリメイクしていくメディアミックスの展開力は、日本は世界的にも最高レベルではないかと思います。日韓の違いというよりも、演出家の視点から同じ目線で見てみると、例えば漫画やアニメの原作をドラマなど別の媒体へと展開していく際には、ストーリーをどのくらい変えるのかが、作る側として一番悩ましいところです。そのままのことも、ある程度脚色することも、全く違うストーリーにすることも、結末を変える場合もあると思います。
林:
アニメーションとドラマには共通点と違う点があると思います。ストーリーIPとして異なるメディアへと展開しするうえでの工夫やポイントはどんなことですか?
イ:
ドラマ版の『マイケル』では、シーズン3まで制作する計画です。そこで、ストーリーを3つのシーズンでどう分けるかについてお話しします。
シーズン1では、3人の青年がそれぞれの過去の失敗を経て、力を合わせて起業することを決め、その過程でマイケルを見つけるまで。シーズン2は、開店したお店で繰り広げられるエピソードを描きながら、マイケルが消えてしまうまで。シーズン3はそこから最後までと分けていく予定です。ただ結末だけは、アニメーション版とはちょっと違うものになると思います。
結論としては、ワンソース・マルチユースの展開方法は、どこの国や地域でも変わりはないと思います。一番大事なのは、実写でもアニメーションでも漫画でも、それぞれのメディアの特性に合わせて面白く作ることも大切ですが、見る側が『マイケル』というコンテンツをいろいろなメディアで触れた時に、メディアごとに違う楽しみを見つけられるように作ることだと考えています。
林:
アニメーションで作る場合と実際のドラマで作る場合とで、当然スタッフの編成や制作プロセスが違いますよね。作品のメディアに応じてスタッフの編成も変わったり、外部から臨時にスタッフを入れたりとか、変化があるんでしょうか?
イ:
今回名古屋に連れてきたのは、いつもスタジオで働いている演出チームのメンバーたちですが、実はドラマの撮影現場は今セット作りの真っ最中で、セットを作っているメンバーは、一緒に来られなかったんです。
制作のキーになるメンバーはスクリプター、撮影監督やAカメ、Bカメ、助監督など、6名くらいです。その主要メンバーそれぞれが自分のチームを作って、サポートするスタッフを入れるので、出演者も含めて30〜40人くらいのスタッフが共同作業をすることになります。
林:
そうすると、アニメーションよりドラマの方が、スタッフの規模も大きくなるのでしょうか。
イ:
ドラマの撮影は、仕事内容やそのスキルがとても細分化されているので、どうしても人数が多くなる傾向にあります。もちろん、アニメーションでもドラマでも、その規模によって差があると思います。
林:
アニメーションとドラマでは、どのくらい制作期間に違いがありますか? 比較は難しいと思いますが、1話あたりなどで言うと、それぞれどのくらい時間がかかりますか?
イ:
ほぼ同じだと思います。今見ていただいた45分ぐらいのアニメーションを作る時間と、ドラマの1シーズン分を制作する時間が、ほぼ同じくらいかかりました。アニメーションは最初から最後まで細かい作業プロセスを少しずつ積み重ねていきます。ドラマは一気に撮影しますが、その後のポストプロダクションに、ものすごく時間がかかります。スタートからみなさんにお見せできるようになるまでには、どんなに短くても1年、もっとかかることもあります。
林:
『マイケル』は、ストーリーがとても分かりやすくて、次はどうなるんだろうと思いながら楽しく見ることができました。ストーリーのアイデア、例えば壁の中に骸骨が隠れていて、それをパートナーにするみたいなアイデアは、どうやって生まれたんですか?
イ:
私は、12、3年前に広告のデザイン・制作をする会社として今のプロダクションを始めましたが、それ以来ずっと妻と一緒に仕事をしています。それで一番いいと思うのは、二人の会話の中からアイデアが浮かび、企画やストーリーを作れることです。
『マイケル』を作った時は、深夜まで仕事をしてとても疲れていた帰り道、夜中の2時か3時に、新しくチキン屋さんか何かをオープンするために店舗の内装工事をしている現場に出くわしたんです。それを見ながら「若い人たちが苦労して一生懸命起業の準備をしているんだから、工事中に壁の中から大金の入ったケースなんかが出てきたらいいのにね」、「でもお金が出てくるだけじゃ面白くない、お金と一緒に骸骨が出てきたらどうなるかな?」みたいな話をして、そこからストーリーのアイデアが生まれて、二人で話し合いながら、若者の起業や恋の要素を入れようと決めていきました。
林:
私は作品の中で、特に女性の描かれ方が気になりました。基本的に3人の男性が中心ですが、女性のキャラクターがキーパーソンのような形で出てきますよね。主人公にとっての運命の人のような不思議な存在です。おばあさんのキャラクターも不思議な存在で、霊の化身みたいな感じですよね。各キャラクターの位置づけをどう企画したのか、お聞きしたいと思います。
イ:
実は、今の質問のように深く考えてはいませんでしたが、主人公を男子3人組にしようというのは、自分が強く主張しました。なぜかというと、男3人集まれば、理論的ではないシンプルでばかばかしい話が成り立ってしまうような、ストーリーの流れが自然に作れるのではないかと思ったんです。このお金を返そうかどうしようかと話し合うようなロジカルな展開ではなく、お金が手に入ったから開店資金にして後で返せばいいという単純明快なノリで、話が進むようにしたいと思いました。自分も40代中盤になりますが、幼なじみに会えば単純な少年のころに戻ってしまうわけで、そんな男子3人の姿を、思いっきり表現してみたかったんです。
林:
キャラクターの絵のスタイルが個性的で、デフォルメして描かれた場面もあれば、リアルに鼻の穴とかしっかり描いてあるような場面もあり、場面によって変化していますね。その点が私はとても面白いと思いました。キャラクターデザインについて教えてください。
イ:
キャラクターデザイナーは会社のスタッフですが、広告のデザインに使うカンプやスケッチを描くデザイナーです。クライアントの求めるものに合わせて、いろいろな絵を描き分ける作業をこなしています。『マイケル』では、デザイナー本人が一番描きやすい、描きたいスタイルにすることが、最初の条件でした。もちろん、ディテールは場面ごとに話し合っていかなければいけませんが、メンバー同士の信頼が一番大事だと思います。どういう絵で、どういう場面に仕上げれば良いのかをみんなよく分かっているので、やはり見慣れたスタイルだと、スタッフも絵を動かしやすいんです。
林:
アニメーションと実写ドラマの俳優さんとで、キャラクターのイメージが違うなと思いました。キャスティングや演技の面で考えたのはどのようなことですか?
イ:
ドラマ版では、オーディションに1300人の応募があって、その中から出演者として15人を選びました。ビジュアル的にアニメーションのイメージと合う人がいても、せりふのトーンが違っていたり、見た目は違うけれど、とてもイメージに合っている演技をしたり、という人もいました。例えば(登場人物の)ハンジュはマッチョなキャラクターですが、演じた俳優は、オーディションの時はハンサムだけど貧弱な印象でした。ただ、演技がとてもよかったんです。彼が最後に「筋肉を付けてきます」と言ったのですが、筋肉を付けてもイメージに近づくわけではない、演技から出てくるマッチョな雰囲気がとてもいい。そのままの姿で、ドラマのイメージにぴったりだったと思います。
林:
キャラクターのお話を伺ったところで、みなさんも気になっていると思うんですが、タイトルにも入っていて、冒頭でも出てきて、お店の名前やいろいろなところに出てきて、最後ではこの作品を捧げられている「マイケル・ジャクソン」が、作品を貫くキーワードになっていましたよね。なぜ、マイケル・ジャクソンがここまでフィーチャーされているのか、ぜひお聞きしたいです。
イ:
個人的に、マイケルの大ファンなんです。ここで彼への思い入れを語り出したら、みなさんによく分からない話になってしまうかもしれません。ただただ本当に好きなんです。
1991年ぐらい、小学校6年生の時に、父親から初めて音楽のCDをプレゼントされたんですが、それがマイケルの8枚目のアルバムの『デンジャラス』でした。まず、ジャケットのデザインが素晴らしくて、これを見て初めて、自分も美術やデザインの道に進みたいと思いました。また、『デンジャラス』は彼がそれまでの3作品のプロデューサーだったクインシー・ジョーンズから離れて初めて作った作品で、そのせいなのか、アルバムの収録曲がそれぞれ全部異なる音楽ジャンルで、R&B、ディスコ、ポップなど、とても多様な構成でした。90年代初めのころは、韓国の音楽アルバムは、収録曲が全部同じジャンルの構成が多かったので、『デンジャラス』がとても衝撃的だったんです。高級なチョコレートの詰め合わせを買うと、中にいろいろな種類のチョコレートが入っていますよね。『デンジャラス』から、そんな印象を強く受けました。『デンジャラス』は、今でも自分の活力の元のような存在で、聞いていると元気が出てきます。
『マイケル』でも、場面ごとに彼のいろいろな曲を当てはめてイメージしながら制作していました。マイケル・ジャクソンの曲をBGMに使おうとすると、使用料がとんでもない額になりますが、いずれ、本当に彼の曲を『マイケル』に挿入できる日が来たらいいと思っています。作品中でも、マイケルの曲の要素を含めたBGMを作って一部で使っていますが、全編をそうすることはできないので、作品に後悔があるとすれば、音楽面でマイケル・ジャクソンのイメージを十分に表現できなかったのが残念です。
林:
監督のマイケル・ジャクソンへの愛が垣間見られて嬉しいです。全編マイケル・ジャクソンの曲が流れる作品が見られる機会が来ることを、とても楽しみにしています。最後に、みなさんに一言お願いできますでしょうか。
イ:
ご来場いただいて、本当にありがとうございます。名古屋は一度訪れてみたかった町です。今回このように、非常に家族的な雰囲気の中でお話しさせていただいたことをとても嬉しく思っています。もし将来ドラマが日本で公開される機会があったら、あの時アニメーション版の『マイケル』を見て監督の話を聞いたと、思い出してくださればと思います。
最後に、今回は演出チームのスタッフのみんなと来られたことが、とても嬉しいです。演出というのは、一人では決してできない仕事です。この演出チームがいてこそ、作品ができたのだと思います。そして今日来られなかったスタッフにも、あらためて感謝の気持ちを伝えたいと思います。
トーク回直前に空港から到着したスタッフの皆さん。翌日ジブリパークに行ったそうです。
花コリのために『マイケル』の日本語版ポスターを作ってくれました。