フリーランスとして、さまざまな映像関係の活動をしている、小川泉監督。上映作『山火事』について、また韓国現地の映画祭に参加した体験等、伺いました。
日時 5月14日(日)14:30~アジア短編プログラム上映終了後、約40分
場所 中崎町・PLANET+1
ゲスト 小川 泉(『山火事』監督)
聞き手 チェ・ユジン(ソウル・インディ・アニフェスト映画祭FD)
『山火事/A Forest Fire』
2021 / 07:11 / 2D, ロトスコープ, 影 / 日本 / 小川 泉
江戸時代末期の日本。小さな村に山火事が迫る四日間。村へ戻った男から遠山の火事が知らされ、村人たちそれぞれの中に恐怖の火が宿る。 子を授からなかった女・セツが山火事に対峙した時、何を見るか。
※花コリ2019リレー『ラストメッセージ』
映画祭監督メッセージ(英語)
ゲスト紹介
小川 泉(『山火事』監督)
1986年愛知県生まれ。
高校時代に油絵・日本画・彫刻・デザインを学ぶ。大阪芸術大学映像学科在学中に映画編集・アニメーションを学ぶ。映画撮影所、ストップモーションアニメーションスタジオ、子どもへの絵画造形指導、映画館の映写などの職業を経て、現在はフリーランスとしてアニメーション制作・映像編集・モーショングラフィックスを手がける。他にもワークショップ講師、上映会の企画、サイレント映画フィルムのデジタル化など、活動は多岐に渡る。
ユジン:
今日のゲストは、これまで「花コリ大阪会場のスタッフをしています」という自己紹介をしていたんですけど、今日は監督としてトークをしてもらいます。自己紹介をお願いします。
小川:
アジア短編プログラムの『山火事』を監督しました小川泉と申します。
2018年から花コリ大阪会場のスタッフをしていまして、それをきっかけに2018年のインディ・アニフェストで、韓国の作家5人と日本の作家2人の合計7人で1本のリレーアニメーションを作るプログラムに参加させてもらいました。リレーアニメーションに参加したことをきっかけに、個人で本格的にアニメーションを作っていこうと思うようになったので、『山火事』が去年のソウル・インディ・アニフェストで上映していただけて、とても嬉しかったです。
ユジン:
そのリレーアニメーションを2019年の花コリで上映して、大阪でトークをした時に、小川さんが「今度インディ・アニフェストに行く時は自分の作品を作って映画祭に参加したい」と言っていて。
小川:
あ、言ってましたか?
ユジン:
言ってました(笑)。
私との約束を守ったというか、本当にご自身の作品で映画祭に参加されて、私も本当に嬉しかったです。
小川:
ありがとうございます。
ユジン:
リレーアニメーションから本格的にアニメーションを作ろうと思って、今回の『山火事』を作ったとのことですが、山火事という主題を選んだ理由を聞かせてください。
小川:
『山火事』は共同脚本という形で金子陽介という人と相談しながら脚本を作ったんですけど、彼は元々実写の劇映画の脚本・監督をしてきた人で、彼の映画の編集を私がしたりという、学生時代からの付き合いがあって。何年か前に「次の映画は何を撮りたい?」という話をした時に、金子が「山火事の映画を撮りたい」と言って、企画をざっくり聞かせてくれて。私も「それめちゃめちゃいいな」とすごく興味が湧いて。
でも私たちの今の状況で、実写で山火事を撮るとなるとだいぶ大変だなと。山を燃やすわけにもいかないし…(笑)。山火事を写さずに山火事を描くということはできますけど、なかなか今作るのは難しいかもしれないなということで一回置いていたのですが、その時から私の中にも山火事の映画を撮りたいっていう気持ちが生まれて。彼の山火事とは別の、私の中の山火事のストーリーがどんどん膨らんでいきました。
実際に作るきっかけとしては、animation soupというアニメーション作家のグループの方から、2021年の文化庁の補助金をもとに新作を作って上映と展示をする企画に誘っていただいて、animation soupの中で新作が作れることになって。じゃあ山火事の企画でいこうと思い立ちまして、もともとのアイデアくれた金子陽介と一緒に話し合いながら、山火事を題材にした話を作っていったという流れです。
ユジン:
実際に山で火事が起こるということはよくあると思うんですけれども、本当にあった事件から話を作り始めたんですか?
小川:
実際の事件を参考にしたとかではなく、完全に創作として作りました。登場人物が着物を着ていたり身なりが古いので、昔話かなと思われる方もいらっしゃるかと思うんですけど、別に元にした話があるわけでもなく。
私のすごく好きなハンガリーの映画監督でタル・ベーラという人がいまして、タル・ベーラはそんなに本数撮ってないんですけど、彼の作品は閉鎖的な村や町に「何かが来るらしい」っていう噂が先に訪れて、住民たちが不安に陥っていったり変化していくという話がよく出てきまして。
例えば「救世主」とか「サーカス」とか「鯨」とか、得体の知れない何かがこちらに向かっている予感で、最終的にその村の人たちが暴徒と化してしまったりとかっていう、そんな映画を撮る人なのですが、私はそれがとても好きなので、タル・ベーラが山火事を題材にしたらどんな映画を撮るかということを想像しながら作りました。
ユジン:
4つの家に火事が来る不安感を、7分という短い時間ですごく表していると思いました。
小川:
ありがとうございます。その迫ってくる不安感をアニメーションにしたいと思っていました。
ユジン:
この村自体も全部想像で?
小川:
はい、想像で作りました。一応自分の中では奈良県という設定があるんですが。
ユジン:
それはなぜですか?
小川:
直近で行った山が奈良県だったので…(笑)。企画をぼんやり考えていた時だったと思いますが、奈良へグランピングに行って。急な斜面があって、下に川が流れていて、山頂が近くてっていう地形だったので、そのイメージにはなっています。
ユジン:
私は韓国に住んでるから、山の形を見ていると、その国それぞれで違ったりしますよね。私が日本の山を見たのは北の方で、三角で尖っている感じの山だらけだったので、『山火事』の山の背景はどこなのかなと気になっていて。
小川:
ああ、あの形がですか?
ユジン:
そうですね。何か丸くて。
小川:
山の形もどこかをモデルにした訳ではなくて。でも終盤で大きな女が山からヌッと顔を出すというシーンがあるんですが、村を高いところから見下ろしている象徴的なものとして、女性の乳房というか、ああいう何となく女性を思い浮かべるような形にしたというのはあります。
ユジン:
女性の話が出たので、主人公の女性や登場人物たちの設定と関係性についてお聞きします。
小川:
これがキャラクターデザインです。前向き横向きが混在してちょっとややこしいのですが。
出稼ぎに行っている人もいるので、これが村人全部ではないんですけど、本編に出てくるのはこれで全員です。
向かって右の家から順に説明すると、一番右の村長の家に住んでいるのが右の5人(嫁御〜嫁御の赤子)。
その隣が主人公セツの家で、セツはお父さんと二人で暮らしていて、夫が出て行ってしまったことを回想する夢のシーンがあります。
左から二番目の家に住んでいるのは若夫婦で、二日目の朝に村を出て行く二人ですね。
一番左の若旦那の家は、両親と子供一人の三人で暮らしています。
ユジン:
村人それぞれの繋がりは?同じ村に住んでいるだけですか?
小川:
ほとんど血縁関係があります。例えば、この村の村長は老婆なんですが、村長の兄がセツの父で、村長の長男が若旦那、で若旦那の息子が若夫婦の男、という血縁が中心の村ということにしています。
ユジン:
デザイン画、セツの夫だけ色が薄くなっていますね。
小川:
セツの夫は、線画で描かれたセツの夢のシーンでしか出てこなくて、この影絵は実際には使っていないんです。身長の設定というか、このぐらいの大きさという目安で一応デザイン画にも置いています。
ユジン:
その夢の場面を見ていて気になってたんですけれども、主人公のセツが自分のお腹を見たらそこが灰色みたいになっていて。これが何を意味するかがこの作品の中で大事だと思うので、そこをお聞かせください。
小川:
夢の中で夫が出て行ってしまうんですけど、実際にはセツが結婚して半年経っても1年経っても子供を授からなかったことが原因で夫に去られてしまったという過去があります。セツが自分の腹を見た時にぼろぼろ崩れる溶岩石のようになっているんですが、これはかつて、今は差別用語とされて使われていない「石女(うまずめ)」という言葉がありまして、子供ができない女のことを指していて、そこからセツの自責の念みたいなものが、あのような夢になって表れています。
ユジン:
さきほど影絵を使っているという話をしたんですけれども、他にもいろんな手法を使っていますよね?
小川:
影絵の他にロトスコープという、実写で撮影した対象を線画に描き起こしてアニメーションにするという手法を使っています。
小川:
これが炎のロトスコープのメイキングです。
饗庭小百合さんというパフォーマーの方に炎のパントマイム表現をしていただいた動きを実写で撮影して、その動きを右上のように線画に描き起こして、それを下の画面のようにシーンの中に入れて使っています。
これは炎の表現の部分ですが、さっき話していた夢のシーンもロトスコープを使っていて、彼女が演じた動きを私がカメラで撮影して、それを線画で描き起こして作りました。
ユジン:
今日は背景などいろいろ持ってきているとのことで。
小川:
これが背景です。イラストボードに鉛筆と水彩で物理的に描きました。家とか家財道具は別で素材として描いて、場面に入れています。
ユジン:
人形は、これをスキャンしてデジタルで動かしているんですか?
小川:
制作当初は影絵のシーンを全部コマ撮りで撮ろうと思っていて、これはさっきのキャラクターデザインを紙に印刷して切って人形にしたものです。これをライトテーブルの上でコマ撮りして、背景に合成して…と2カット撮影したところで、ちょっとこれでは終わらないなと思いまして。私の技術もスピードもないし、補助金のための締め切りが決まっていたので、ちょっと無理だなと。
結局この切り絵を全部のパーツで分けて撮った写真を素材にして組み合わせて、デジタル上で動かしています。
ユジン:
少し話が戻りますが、さっき見せた山火事の炎の動きについて。あれを見てすごくびっくりしたというか、この作品のハイライトみたいな気がしたんですけれども、これをロトスコープで作ろうと思った理由はなんですか?
小川:
さきほどお見せしたパフォーマーの饗庭小百合さんとの出会いありきでした。
私は兵庫県尼崎市にある塚口サンサン劇場という映画館でたまに働かせてもらっているんですけど、饗庭さんはそこのかつての同僚で。休憩のタイミングが一緒だった時に、休憩室でご飯を食べながら「饗庭さんはどういうことをされてるんですか?」と聞いたら、ダンスの講師をしたりミュージカルに出演されていると。で「パントマイムもしてるんです」という流れになって、その場でちょっとやっていただいたんですけど、それがすごく、すごかったんですよ。重いものを持ち上げるとか壁があるように見せるっていうパントマイムではなくて、人間じゃないものを体で表現するパントマイムをされて。
例えば、蝶々って私が普通にやるとこう(両手を交差してひらひら)やっちゃうんですけど、こういうことではなくて、饗庭さんは指先から蝶がふっと現れて、ひらひらひらっと飛んでいって…みたいなことを体の動きで演じていて。他にも鳥とか猫とか、人間が人間じゃないものに豹変する瞬間を1メートルぐらいの距離で目の当たりにして、これはすごいな!と感動して。私はロトスコープという手法自体がもともと好きだったので、次にロトスコープでアニメーションを作るんだったら、絶対に饗庭さんに何か人間じゃないものをやってもらおうと思ってたんですよ。それで山火事を題材にアニメーションを作ると決めた時にもう、炎は彼女の演技におまかせして、それをロトスコープしようと思いまして。彼女との出会いありきで、あの形になったという感じですね。
ユジン:
すごく迫力があって、すごいなとも思ったところです。
普通火事だったら飛ぶというイメージが強いんですけど、これはどんどん近づいてくるようなイメージで。
小川:
そうですね。忍び寄ってくる、侵食してくるみたいなイメージで火事のシーンを作りました。
ユジン:
話を聞いてると、人との出会いがすごく大事だなと思うんですけれども、音楽の方はどうですか?
小川:
音楽を作ってくれたのは安田つぐみさんという方で、彼女とはまさにこの会場のPLANET+1で出会いました。Planet+1は主にフィルム映画を上映している上映室で、サイレント映画の生伴奏付き上映を頻繁にやっていてここにピアノもあるのですが、安田つぐみさんはその上映の伴奏をしているヴァイオリン奏者でした。サイレント映画の伴奏者は、ただBGMとして流れている音楽を演奏する訳ではなくて、音楽によって映像の持つ意味合いを強調したり、より伝えやすくするということを実践されています。『山火事』もサイレント映画的、というとおこがましいんですけど、あまり言語によらない作り方をしたかったので、安田つぐみさんに作ってもらいたくて、お願いしました。
まさにこの空間で録音をしていました。安田さんはここで映写スタッフとしても働いているので、使わせてもらったそうです。防音ができて、スタジオ代もかからないので(笑)。
ユジン:
じゃあ「協力:プラネットプラスワン」みたいな感じですね(笑)。
小川:
そういう感じですね。クレジットに入れた方がいい?って聞いたけど「いらない」って言われたので、入れませんでしたが。
ユジン:
さっきの話に出てたんですけれども、言葉を使わないと決めたのはなぜですか?
小川:
アニメーションをやろうとする時に、そもそもはやっぱり動きだけで伝えるべきという考え方が勿論あると思っています。それに今回は結構いろんな制約を課して作っていて、例えば影絵にすることで人物の色が分からないようになっているとか、喋らないので言語はなくてみたいな、どんどん要素を絞っていった時に、より強調されるものがあるんじゃないかなと思って。喋らないけど「その日は何が起こります」というテロップだけ出して予め伝える形にしているんですが、裏事情的に言うと、凄く制作期間を短く出来るというのはあります。やっぱり喋る人を探すのも…。
ユジン:
まだ出会ってなかったんですね。
小川:
出会ってなかったです(笑)。出会ってなかったし、登場人物いっぱいいるし、台詞を考えると時代考証の時間もどうしても掛かってしまうだろうし。江戸末期という時代設定なのですが、当時の言語について時間を掛けている余裕もないので、言葉を使わず情報を絞り込んで作ったという感じです。
ユジン:
それで『山火事』が完成して、去年(2022年)のソウル・インディ・アニフェストで上映された時に小川さんも韓国にいらっしゃって。すごく楽しんでもらったようなので、その話を少し聞かせてください。
小川:
ありがとうございます。去年、私としては2度目のインディ・アニフェストに行かせてもらいました。
去年の会場はCGV延南というすごく綺麗でオシャレなシネコンで、この中の3つのシアターでインディ・アニフェストの上映をしていました。
小川:
これは開会式です。たまたま隣に座ったのがアジア短編プログラム『干し野菜』の莊禾(ヅァン・ハー)監督なんですけど、一週間の滞在でとても仲良くなりました。
ユジン:
司会、私がやってました。隣は声優の人です。
小川:
インディ・アニフェストの何が素晴らしいって、初めてこの映画祭を知った時にユジンさんから聞いたんですけど、誰かにやらされている映画祭ではなくて、インディペンデント・アニメーションを作っている人だとか、声優だとか、携わっている人たち自身が開いている映画祭で、観てもらう機会を自分たちで作っていると。スタッフとか司会もその人たち自身がやるっていうところがすごくかっこいいなと思って。
ユジン:
お金がなくて私がやっています(笑)というのも少しはあります。でも本当に監督たちがみんなで一生懸命、パーティーの準備とかも一緒にやってたりしてます。
小川:
そうあるべきだなと思っていて、いい映画祭だなといつも思います。
小川:
これがギャラリーでのインディ・アニフェストの展示です。
上映作品で実際に使われた人形が展示されていたり。これは花コリ2023韓国短編1で上映したパク・セホン監督の『人形物語』の人形ですね。
小川:
触って自分で動かせるインタラクティブアニメーションの展示がすごくおもしろかったです。これはえっと…。
ユジン:
Michael Freiというスイスの監督の作品ですね。
小川:
左がアジア短編プログラム『バイ・ザ・ウェイ』のアミルで、『AKIRA』の金田のジャケットを着ていました。真ん中が私で、一番右が『ミニミニポッケの大きな庭で』の幸洋子さん。黒い服の男性が『干し野菜』の莊禾(ヅァン・ハー)です。
後ろの女性が、今回のプログラムには入っていないんですが、『Opera』という覇王別姫みたいな中国の演劇(京劇)の楽屋をモチーフにした作品の監督Janelle FENGです。
ユジン:
彼女、映画祭期間中に髪を切ってて、びっくりしました。
小川:
そう!最終日に髪をばっさり切ったんですよね。みんなびっくりして「どうしたの?!」みたいな。めっちゃ似合ってました。
まだまだ写真いっぱいあるんですけど、時間がないのでこのくらいで…。
ユジン:
さっきも話をしてたようにこの映画祭は、監督たちが自分の作品を見せる場でもあるし、普段はあまり監督同士が集まれる場所がないので、映画祭でみんな集まってワイワイ話をしながら、次の作品のことも考えたりと、いろんな話ができる場でもあるんですよね。
小川:
そうですね、個人の作家が多いから、一緒に作るっていうことがあんまりなかったりするので、映画祭を通して「元気してた?」みたいな感じがありますよね。
ユジン:
みんな寂しがり屋ですよね。アニメって一人でずっと作ってるから、みんな集まって、どんどん仲良くなるような映画祭です。
小川:
とても楽しい映画祭でした。
ユジン:
それでは最後に一言、お願いします。
小川:
はい、本日はご覧頂きありがとうございました。引き続き、他のプログラムもありますので…。
ユジン:
あっ、スタッフに戻りました(笑)。
小川:
次の韓国短編1、短編2もぜひご覧ください!本日はありがとうございました。
ユジン:
ありがとうございました。